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インド4回目にして初めてチベット文化圏“ラダック”を訪れた、学生Gachaの旅日記。
 
No.10 『チベット子ども村を訪ねて』 <前へ 次へ>
 

 チベット子ども村(以下、TCV)は、世界中から集まる寄付で運営される寄宿舎付の学校。そして、チベット人がチベットのことを勉強できる場所だ。
 TCVは、1959年にチベット亡命政府のあるダラムサラに初めて開設された。ダライラマ法王14世の実姉ツェリン・ドルマ氏がチベット難民労働者の乳児院として始め、その後インド各地にTCVがつくられるようになった。ボクが訪れたラダックのTCVは1975年にスタートしたのだという。現在、このラダック地域では7つの分校も含め2500人ほどの子どもたちが学んでいるのだという。
 プッツリさんのガイドの下、ボクは学校を訪問させてもらった。

 訪問させてもらったのは、幼稚園クラス。広々とした教室にテーブルが等間隔に配置されている。 教室内には女性の先生が2人いて、子どもたちはテーブルごとにまとまって勉強している。しかし、日本のグループ学習のように「あなたはこの班で勉強するんだよ」と決められたものではなく、勉強したい場所に子どもたちが自由に座っている印象だった。
 あるテーブルではおかっぱ頭の女の子たちが大小さまざまな積み木を数え、あるテーブルではメガネをかけた男の子が英語の教科書を読んでいる。日本人によく似た顔に親しみを感じ、けなげに勉強している姿が目に入ると、思わずほほがゆるんでくる。教室の壁には子どもたちの描いた絵や英単語のかわいい暗記表が飾られていた。教室内にも、ゆったりとした開放感溢れるラダックの空気感が浸透していた。ふと外を覗くと、中学生くらいの子どもたちが木陰で、勉強に励んでいる。
 「あれは、試験中なんですよ」
 スクールガイドのプッツリ・ツェリンさんにそう言われ、僕はまたニッコリなった。青空試験、なんて素敵な響きだろう。

 この学校で使われる言語は、チベット語と英語なのだという。なぜチベット語だけでなく、英語も勉強するのだろうか。日本にだって英語教育はあるし、答えはわかるような気がしていた。しかし、TCVに来て、子どもたちを見てみて、なんだか無性に気になってしまったのだった。
 「英語は、国際社会の中で重要な言語です。だから、チベット語だけでなくて、英語も必要なんです。」
 自分が考えていた範囲の答えが返ってきた。日本だって、グローバリゼーションが進む国際社会に乗り遅れないために小学校からスタートするようになる。
 だが、プッツリ・ツェリンさんの言葉は終わっていなかった。
 「TCVは、ミッション(使命)を持っています。それは、Cultual Identity(チベット文化のアイデンティティ)を伝え、育むことです。これを広げていくために、英語そしてコンピューター教育などが必要なのです。」

 自分たちの学校で学ぶ子どもたちを教え育てるだけでなく、その子たちが学んだことを発信できるようにする。これはどんな場所の、どんな学校でも大切なことだと思う。それは、過酷な状況に追いやられた人たちであれ、貧しい農村地域の人たちであれ、物質的に豊かな国の人たちであれ、同じように価値を持つ。
 TCVを卒業した子どもたちは、チベタンカレッジに進むか、お坊さんになったり、チベットコミュニティ関連の仕事に就くことがほとんどなのだという。
 TCVを巣立つ子どもたちに、チベットの未来を担って欲しいという想いを押し付けるつもりは毛頭ない。ただ、彼らにとってゆかりの地であるチベットの未来を担うことができる力を持って社会に出ていけるというのは、大きな意味と可能性がある。
 「子どもたちにとって、学校はどのような場所であるべきか。」
 この本質的な問いの答えがわかったわけではなかった。けれど、学校の先生を目指すボクにとって、この問いが自分の中に生まれたことが収穫であり、TCVからのプレゼントだったように思う。

 
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Gacha
学校の先生を目指す、一応大学院生。 学部時代、インドのブッダガヤに50人の仲間とアルバイト代で学校を建てたという経験アリ。その後、新たな刺激を求めてチベコロに参加。
2007年秋にラダックを訪れたチベコロメンバー4人の声に感化され、2008年8月ラダックはじめインド一周「学校巡りの旅」に出たファニーでナイーブなボーイ。


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